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2019年5月 8日 (水曜日)

気のみ記のまま雑記帳(5月8日)

昨日、放送のあったNHK・Eテレ「知恵泉」という歴史番組で、「廃藩置県」について取り上げられていました。

そこで今回は以前取り上げた本書を紹介します。

(知らなかった!「県境」「境界線」 92の不思議 (浅井健璽 実業之日本社)

番組中では、「奈良県が大阪府に合併されてから再び独立するまでの課程」と「島根県から鳥取県が独立する課程を取り上げていました。

番組では取り上げられませんでしたが、四国も「二国」だった時期があるそうです。

1871(明治4)年の3府72県時代には四国には「香川・名東(現在の徳島県)・高知・松山・宇和島」の5県がありました。ですがその後、1873(明治6)年には「名東(名東県が香川県を合併)・高知・愛媛(松山と宇和島県が合併)」、全国的には「3府35県」になった1876(明治9)年には「愛媛(名東県から旧香川県が合併)・高知(高知県と名東県が合併)」、1890(明治13)年には「愛媛(現在の香川県を含む)・名東(高知県から分離独立)・高知」、そして1888(明治21)年12月3日に現在の「香川・愛媛・徳島・高知」の4県になったそうです。

そしてさらに、実は今は兵庫県となっている淡路島が実は徳島県(名東県)だったという話も載っています。

1871(明治4)年7月14日の廃藩置県時には、淡路島を「兵庫県(津名郡)」「徳島県(三原郡)」としていたのですが、1871(明治4)年11月15日には淡路島全島が名東県となりました。
しかしながら1876(明治9)年8月には名東県から淡路島を切り離し兵庫県へ編入、名東県も高知県と合併、その後1880(明治13)年3月に徳島県は高知県から独立しましたが、淡路島は兵庫県のままとなったいきさつがあるようです。

地図を見ながら、どうして?と思うような境目には、様々なドラマがあるようです。

気になる方は、是非一読をお勧めします。

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