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2017年9月17日 (日曜日)

DVDでもいいじゃないか 映画観賞記 海難 1890(9月17日)

DVDでもいいじゃないか、映画鑑賞記。
今回は「海難 1890」(2015年 日本・トルコ)です(このあと、あらすじや内容に触れますのでご注意を。感想には個人差があります)。

この映画の元となっているのは、18909月に和歌山県の紀伊大島に台風の影響で座礁したトルコ(当時はオスマン帝国)の軍艦・エルトゥルール号の海難事件と、1980年のイラン・イラク戦争の際のテヘランに残された日本人救出のためにトルコ政府が救援機を派遣した2つの出来事です。
この2つの出来事のつながり…あまり知られていないようですが、以前にNHKで放送されていた「プロジェクトX 挑戦者たち」の中で取り上げられたことがあり、知っていました。

1889年(明治22年)、オスマン帝国は大日本帝国に親善使節を派遣します。その時に派遣された軍艦「エルトゥールル号」は1890年(明治23年)無事に日本に到着し、役目を果たし、同年9月に帰国の途に就きます。

その帰途の915日、台風の影響で、和歌山県紀伊大島にエルトゥールル号は座礁し大破。多くの乗組員が海中に放り出され、海岸に打ち上げられます。
その時、紀伊大島の医者である田村(内野聖陽)、田村のもとで働くハル(忽那汐里)など紀伊大島の人々は、生存者の救出と手当、亡くなった乗組員の遺体収容などに奔走します。

生存者の一人・ムスタファ(ケナン・エジェ)は、生き残ったことに罪悪感にさいなまれますが、ハルとの心の交流や、村民たちの献身的な行動、遺族の感情を考えた行動に感銘を受けます。その後、生存者はそれぞれ帰国することとなり、ムスタファも遺品と共にトルコに還って行くのでした。

それから95年後…イランとイラクは、イラクのフセイン大統領が停戦合意を破棄し、再びイランを攻撃することとなり、戦闘が激化。イランに駐在する外国人は国外への退去を始めます。そんな時イラクが「48時間後にイラン上空を飛行する飛行機は無差別に攻撃する」
と宣言します。

各国が駐在の自国民を脱出させるために救援機を送り出す中、日本政府は救援機を出すことができませんでした。そんな時、現地の日本人学校の教師・春海(忽那汐里)は日本人の安否を確認する街中で、トルコ大使館員であるムラト(ケナン・エジェ)と出会います。

救援機が来ない…日本駐イラン大使の野村(永島敏行)も、どう対処してよいかと思っていたところ、春海が「トルコに頼んでみては?」と提案します。
野村大使から要請を受けたトルコ政府は協議します。トルコ政府要人は「自国民救出が優先だ」と反対しますが、オザル首相は要請を受け入れ、日本人救出のための救援機を飛ばすことを決定します。

ついに予告された48時間の期限が迫り、トルコからの救援機が到着し、最後の飛行機となります。
空港には大勢のトルコ人がトルコの救援機に乗るためのチケットを求めるために集まっており、春海ら日本人は乗れそうにありません。
そんな時、トルコ大使館のムラトが、集まった人々に語ります…「日本人を救援機に乗せてほしい」と。
人々は口々に反対し、ムラトの言うことを聞きません。
そんな時ムラトはトルコ人に向かって「祖先たちは異国の地で絶望に陥った際に救ってもらった。今、日本人を救えるのはあなたたちだけだ」と語りかけます。その言葉を聞いたトルコ人たちは日本人を飛行機に乗せること同意して、日本人を救援機に誘うのでした。その日本人を見送りながら、春海と野村は、トルコの人々に深々と頭を下げ、ムラトに感謝の言葉を告げるのでした。

 

以上が粗筋です。

 

ココから先は感想を。
この2つの出来事、確かに感動的な出来事で、そのつながりに何か運命的なものを感じますが、正直、座礁当時の日本人が持っていた気持ちと、1985年当時に日本人が持っていた気持ちには、大きな差があって、トルコの人々が示してくれた行動を素直に受け入れるだけの権利というか条件は整っていたのだろうかと、改めて思わずにはいられません。

日本は太平洋戦争で経験し敗戦から立ち上がって、再度国を復興させたのですが、その流れの中で、今回の映画の根底に流れるような「無私」で「利他」な気持ちを失ってしまった気がします。

あと、日本人の側は「トルコがなぜそこまで日本に対してしてくれるのか?」ということについてまったく無知であり、逆にトルコの人々がエルトゥールル号のことを知っていたことを、もっと問題失する視点が欠けていたと感じます。
本作は日本とトルコの友好125年を記念して作られた映画です。

そんな映画で、あまり厳しい意見は描ききれなかったのか…ちょっときれいごとのオンパレードだった…感じがします。
ただ出演者の演技は素晴らしく、映画自体の出来も素晴らしいと思います。
また、紀伊大島でのハルとムスタファの出会いが、95年後の春海とムラトの出会いにつながる展開も、日本とトルコの関わり合いを表すものとして象徴的でよかったです…できればお互いの持ち物などで、2人が本当に「どこかで会ったことがある」と感じることが、もっと具体的に表されていれば、なお良かったかなぁ…と思います。

100点満点で80点です。

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