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2015年3月16日 (月曜日)

DVDでもいいじゃないか 映画観賞記 特別編 風に立つライオン(3月16日)

DVDでもいいじゃないか、映画鑑賞記…でも今回は映画館で見ました。
今回は「風に立つライオン」(2015年 日本)」です(このあと、あらすじや内容に触れますのでご注意を。感想には個人差があります)。

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予告編を映画館で見て、見てみたいと思っていた映画でした。
それに、一連のさだまさしさんの原作となった映画も見ていたので、見ることとしました。

最初は、自分で見に行きたいとおもながらも、正直なところ、言葉を選んでも乱暴な表現になってしまいますが「感動の押しつけ」的な映画だと思っていました。
でも見終わったらその感想が、全く的を得ていないものだということがわかりました。

映画は20113月の東日本大震災で被害を受けた宮城県石巻市から始まります。津波の被害を受けた街を、一人の黒人青年が歩いています。その手には「トウモロコシ」の種が握られています。そして青年はある言葉を発します…「がんばれ」と。
続いて物語は、震災の24年前にさかのぼります。
長崎大学のケニアにある熱帯地域の病気を研究する施設に、大学から島田航一郎(大沢たかお)と青木(萩原聖人)が赴任してくるところから始まります。
順調に現地になじんできた航一郎、ある日研究所の村上所長(石橋蓮司)が、国境に近い赤十字病院から医師の派遣要請を受け、青木と共に航一郎は1か月間の期限で、その病院に赴きます。その病院には、隣国・スーダンの内戦で傷ついた人々が次から次へと運び込まれてきます。その現実を見た航一郎は、派遣期間が終了したのちもこの病院への勤務を続けます。
その病院にやってきた和歌子(石原さとみ)、出会った当初は意見の合わないところもありましたが、治療活動を続けるうちに心を交流させていきます。
ある日、多くの少年兵が怪我を負って運び込まれてきます。その中にいたンドゥングという少年との出会い、航一郎は彼の体と心の治療に真正面ら向き合います。
そんな航一郎でしたが…長崎には大学病院で出会った貴子(真木よう子)がいました。彼女は父が五島列島で営む診療所を継ぐことを望まれていました。その為、彼女は航一郎からの「アフリカ行」を断った経緯がありました。
心では航一郎にひかれながらも、現実は厳しく、父親は脳梗塞で倒れ、実質的に診療所を継がねばならなくなり、地元の幼馴染の青年との結婚を決意、そのことを手紙にしたためて航一郎に送ります。
その頃航一郎は、赤十字病院で引き続き治療活動を行っていました。あるクリスマスの夜、航一郎はンドゥングから彼のこと、そして少年兵として9人を殺したことを聞きます。そのことを聞いた航一郎は「10人の命を救え」と語り、彼に医者になることを勧めます。
和歌子は治療を受けた子供たちがその後再び戦場に駆り出されることを知り、病院内に「孤児院」を作ることに奔走します。
何もかもがいい方向に動いているかに思えた矢先、航一郎は貴子からの手紙を受け取ります。航一郎は、の返事を書こうとするのですが…。
そんなある日、航一郎はいつものように助手の男性と国境近くの村に赴きます…助手が「今日は悪い予感がするからいかない方がよい」という助言をするのですが…そしてある事件が起こります…。
事件後、貴子のもとに一通の手紙が届きます。差出人は「島田航一郎」。封を開け、中身を読んだ貴子は…。

主だった人物、航一郎、貴子、和歌子、そしてンドゥング…それぞれの上に時間は流れ、それぞれが自分の選んだ道を生きていきます。
再び物語は、冒頭の宮城県石巻市内へ…。
そこに立っていた黒人青年はあのンドゥング…航一郎との約束通りに医師になっていました。その手に握られたトウモロコシ…これが一体何を意味するのか、続きは是非映画をご覧になって確認ください。

 

主役の大沢たかおさん…大沢さんがさださんの曲に感動し、小説家・映画化を希望して実現したのがこの映画です…主役ですからもちろんいいのですが、貴子役の真木よう子、和歌子役の石原さとみ、友人・青木役の萩原聖人、上司で大学の恩師役の石橋蓮司、など脇を固める俳優陣もいいですね。

 

個人的には100点満点で90点です。

時系列に航一郎のことを「思い出」として語る場面と、それぞれの現在とが時系列に流れるように配置された物語展開は、上映時間が2時間を超すものでありながらも。見ていて飽きません。
一方で、よくできた物語ですが、いかんせんもともとがさださんの実話を元にした「風に立つライオン」という曲がスタートですから、その世界観は2時間を超す映画にするには少し乱暴に言うならば「薄すぎる」感は否めません。
それに、治療活動自体は「善」であるにしても、その治療を受けた人々が再び「銃」をもって戦場に赴くこと、その原因を取り除くことについては全くの無力というか、自分が行っていることに酔っているというか、その場しのぎ的な「主人公の勝手な満足感と偽善」的なものを感じます。加えて、航一郎がなぜ「アフリカでの治療活動」「ンドゥングになぜあのような態度をとることになったのか」の説明が不足している感は否めません(子供時代に読んだシュバイツアー博士の物語が強く影響していたとの説明ですが)。
ですが、それを上回るもの、うまく言えませんが「たとえ小さな一歩でも、よいことだと思ったならば、踏み出さないよりも踏み出した方がよい」というメッセージみたいなものが感じられてよかったです。
涙腺が弱くなったのか、エンディングではちょっと泣いてしまいました。
まだまだあるけれど、取り留めもないので、この辺で。

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