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2012年5月14日 (月曜日)

読書の「ど] ラーメンと愛国(速水健朗(はやみず・けんろう) 講談社現代新書)(5月14日)

いいと思ったら、新書でも、文庫でも、マンガでも、ジャンルは問わず読む「かねとしの 読書の「ど」!」、今回は「ラーメンと愛国」(速水健朗(はやみず・けんろう) 講談社現代新書)です(感想には個人差があります)。

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本書を端的に説明するならば「ラーメンを通しての日本人論」というところに行きつくかもしれません。
本書は、米食だった日本人に小麦から作られる麺を使う「ラーメン」がいかにして受容されてきたか、あるいはさせられてきたかを追う「第1章 ラーメンとアメリカの小麦政策」、続いて技術力よりも生産力の差が勝敗の分かれ目となった太平洋戦争後の日本とアメリカを通して、「食品の工業化」について昭和33年(1958年)に発売になった「チキンラーメン」を用いた考察を行う「第2章 T型フォードとチキンラーメン」、「第3章 日本人とラーメンのノスタルジー」では日本人とかつては「支那そば」と言われていたものが、「ラーメン」として日本人に受け入れらえていく過程での両者のかかわりを、「第4章 国土開発と ご当地ラーメン」では「ご当地ラーメン」の出現を、田中角栄の「日本列島改造論」に絡めて述べており、「ご当地ラーメンは郷土料理ではなく、郷土料理を駆逐して生まれたものである」「公共工事のなくなった地方に観光という目的のために突然現れた ご当地ラーメンは、郷土料理ではない」ということに触れ、最終章の「第5章 ラーメンとナショナリズム」では、本来は中国大陸からもたらされたはずのものが、いつの間にか日本人の中で「ラーメンという食品」としての意味のほかに、「日本人ものとしてのラーメン」としてその意味合いが転化し、「支那そば」という名称が「ラーメン屋」から「麺や」「麺処」「麺屋」などに変化していった変遷を取り上げています。
特に興味深かったのは「ご当地ラーメンは郷土料理ではない」というところ。徳島も遅ればせながら「徳島ラーメン」で近年売り出していますが、この「ご当地ラーメンは」は、田中角栄が掲げた「列島改造論」「均衡ある国土」を目指していた方向性がとん挫し、地方都市が生き残るすべとして残った「観光」という産業をもとに作り出されたものであり、それは今まであった郷土料理に根差したりしたものではなく、突然現れた、全く異質なものであるとしています。
ほかにも、興味深い考察や意見がたくさんあります。
興味のある方は、是非一読していただきたく思います。

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