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2009年8月15日 (土曜日)

勝手に「のだめカンタービレ」考(8月15日)

先日発売になった「のだめカンタービレ 22巻」、早速購入して読みました。21巻からの物語の流れを忘れていたので、再読してから読みました。ちょっとネタばれになるけど、のだめの才能がついに開花したんですね… ただそのあとの展開はどうなるのやら全くわかりませんが(実際には連載のほうでは話がすすんでいるのでしょうけど…)。ある意味、ライバル視(?)していた千秋よりも世界的に有名になってしまいました。この先、才能がこのまま枯れてしまうのか、はたまた奔放に伸びてゆこうとするのか、楽しみです。


さて、話変わって「勝手に(のだめカンタービレ考)」してみたいと思います(大学が社会学部だったもので、ちょっとまじめに考えてみたんですけど…)。

ドラマ化されたり、アニメ化されたりして人気のあるこのマンガですが、その人気の源は何処にあるのでしょうか?

以前にもこの話したような気がするのですが、「のだめカンタービレは、ガラスの仮面と共通したものを持っている」と考える所から、スタートすればわかりやすいと思います。

どちらの話も、構図としては「もともと力のあるキャラクターが努力してその世界で活躍する(千秋=姫川亜弓)」「天才的な能力を持ちながらも、キャラクター自身はそれに気づかずに周囲からの援助や試練を与えられることによってその能力を発揮させてゆく(のだめ=北島マヤ」という、まったく逆の性格を持つキャラクター「A対B」が物語の芯になって、「魅力的な課題(紅天女を演じる=のだめは千秋と、千秋はのだめとの競演を望む)」「キャラクターたちに対する外部からの妨害や様々な試練がもたらされる」「妨害者はもちろん、協力者も多く現れて物語がスムーズに動いていく」などの肉付けがなされて、この世界が構成されています。つまり3つの要素の合わさった中心に「A対B」」という軸があって、物語が構成されているという風になります。(ただし、のだめの場合の「のだめ」と「千秋」がライバル関係、対立関係に当てはまるかは微妙ですが)

日本人はこのような構図の物語、好きなようで、その例は多くみられます。古くは「スチュワーデス物語」に代表される大映ドラマ、「あしたのジョー」「巨人の星」などに代表されるスポ根モノ、「ドラゴンボール」「北斗の拳」などのいわゆる「少年ジャンプ系統のマンガ」など、作品自体が大ヒットしたり、いつまで立っても人気があるというような作品です。そこに見られる「主役キャラとライバルキャラの対決の構図(この対決は、別に体力系統のものではなく、仕事や課題をこなす能力や行動についてのものでもかまわないと思います)」がその一例と考えられなくもないですね。

逆に言えば、この構図を持つ物語は、日本人に受け入れられやすく、また好かれるものであるということです。だから、このような構図を持たないドラマやマンガなどは、大々的に広報してみたり、演者を人気のある人にしたとしても、結局、飽きられて、淘汰されていっているように感じるのです。

で、冒頭の問いの答えになるわけですが、人気の源は「キャラの対決物語」が成立しているところにあるから、だと思います。

この先も、この構図さえ崩れなければ、物語自体はうまくいくと思うのですが…どう思われますか。

まぁ、勝手な解釈なので、ご批判はご勘弁ください…。

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